【動画付き】12月のスピーチ朝礼ネタ【第九が年末に演奏される理由(苦悩を突き抜け歓喜を得る)】仕事のスピーチで使える雑学

年末の「第九」が日本で風物詩となった理由を時系列を追って整理しました。年末の演奏が定着しているのは日本と欧州の一部ですが、世界における第九の演奏シーンはまさに、ベートーヴェンの名言を象徴する“歓喜”の瞬間でした。

スピーチのポイント

第九が年末に演奏される由来を踏まえて、仕事のモチベーションに繋がるスピーチにしました。“歓喜の歌”のように力強く締めましょう。

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1.第九が年末に演奏される理由

ツカミ、ネタ、オチのポイントを順序よく押さえるとスピーチしやすいです。 下段の1分例文も参考にしてください。

1-1.ツカミ:年末の「第九」は日本と欧州の一部の独自文化

  • 年末にベートーヴェンの「第九」が演奏されるのは日本独自と言われる
  • アメリカでは、「ハレルヤ」のコーラスが印象的な「メサイヤ(救世主)」の演奏が定番
  • 例外として、ドイツのライプツィヒ・ゲバントハウス管弦楽団とオーストリアのウィーン交響楽団が年末に「第九」を演奏する
  • なぜ、日本では「第九」が年末に演奏されるようになったのか

1-2.ネタ:大正〜昭和初期にかけて根付いた「第九」

  • 「第九」の正式名称は「交響曲第九番ニ短調作品125」
  • ベートーヴェンが楽譜に記した名称「シラー作の賛歌『歓喜に寄す』による終末合唱を持つ交響曲」から、第四楽章の喜びを表現した迫力ある合唱が特徴
  • 日本での初演は1918(大正7)年6月1日、徳島県鳴門市にある捕虜収容所
  • 第1次世界大戦で日本軍の捕虜となったドイツ兵たちが演奏
  • 収容所所長の人道的な対応や捕虜と地元民との交流により実現
  • 1938(昭和13)年12月、新交響楽団(現 NHK交響楽団)が、ドイツ人指揮者により「第九」を演奏
  • 1940(昭和15)年の大晦日、新交響楽団演奏の「第九」をラジオで全国放送
  • 1943(昭和18)年、東京音楽学校(現 東京芸術大学)にて、12月に入隊する学生のための学徒壮行音楽会で演奏
  • 1947(昭和22年)、戦没した学徒兵を追悼する年末の演奏会で演奏
  • 歴史と第4楽章「喜びの歌」の壮大な雰囲気により定着
  • 「喜びの歌」は、主題がEUが「欧州の歌」として採択、ベルリンの壁が崩壊した時に演奏されるなど、まさに喜びの象徴
  • ベートーヴェンの残した言葉「もっとも優れた人は、苦悩を突き抜け歓喜を得る」
  • 貧困、音楽のスパルタ教育、難聴など幾多の困難を乗り越え、名声と尊敬を得たベートーヴェンならではの傑作

1-3.オチ:苦悩の先にこそ、歓喜がある

  • 日々の生活や仕事で苦悩を感じることはあるが、それを突き抜けた先にしか歓喜はない
  • 苦悩から目をそらさず、乗り越えていきたい

2.1分スピーチ例文【第九が年末に演奏される理由】

おはようございます!

年末が近づくと、ベートーヴェンの「第九」を聞く機会が増えてきますが、これは日本独自の風物詩と言われています。

会が増えてきますが、これは日本独自の風物詩と言われています。

日本で「第九」が最初に演奏されたのは1918年、徳島県の捕虜収容所でのことです。

それは、第一次大戦で日本の捕虜となったドイツ兵による演奏でした。

その後、新交響楽団が12月の公演で「第九」を演奏、それがラジオで全国放送されるなどして日本に浸透していきました。

こうした歴史と、第4楽章「喜びの歌」の壮大な雰囲気が1年のクライマックスにふさわしく、年末の風物詩として定着したと考えられています。

ベートーヴェンは「もっとも優れた人は、苦悩を突き抜け歓喜を得る」という言葉を残していますが、「歓喜の歌」で締める「第九」はまさに、幾多(いくた)の困難を乗り越え、名声と尊敬を得たベートーヴェンならではの傑作だと思います。

私も日々の生活や仕事で苦悩を感じることはありますが、それを突き抜けた先にしか訪れないと言う歓喜を目指して頑張りたいと思います。

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