年中行事

「ひな祭り」歌詞の間違いを生んだ理由をキングダムと日本史から考証

かの有名な「ひな祭り」の歌は歌詞が雛人形の実態から間違っていることが知られています。

間違いが生まれた理由を調べると、漫画「キングダム」の登場人物や日本史にヒントがありました。

「ひな祭りの歌(正式名称:うれしいひなまつり)」の楽曲に対する著作権は時効を迎えています。 しかし歌詞については2020年現在も、著作権保護期間中です。 よって本記事では、著作権保護の観点から、引用ルールに基づいた形での転載を行い、歌詞の全転載等は行なわないこととします。

  1. 「ひな祭りの歌」の歌詞に潜む2つの間違い
  2. ひな祭りの歌の間違い1【おだいりさまと おひなさま】
  3. ひな祭りの歌の間違い2【あかいお顔の 右大臣】
  4. 「左“大臣”」が間違いである理由をキングダムを使って解説
  5. 正しくは「随臣」
  6. 「随臣」が「大臣」と言われた理由
  7. 【まとめ】「ひな祭り」歌詞の間違いをキングダムと日本史から考証

1.「ひな祭りの歌」の歌詞に潜む2つの間違い

ひな祭りの季節になると、街中やテレビから「あかりをつけましょ ぼんぼりに」の歌が流れてきます。

この歌の正式名称は「うれしいひなまつり」。

1936年に、河村 光陽(かわむら こうよう)作曲、通称サトウハチロー(本名:佐藤 八郎)こと、山野 三郎の作詞で発表されると、大ヒットとなりました。

作詞家のサトウハチローは、昭和を代表する詩人の一人です。

「♪赤いリンゴに 唇寄せて」で始まる「リンゴの唄」や童謡「ちいさい秋みつけた」などの作詞でも知られています。

その中でも「うれしいひなまつり」は、買った雛人形で楽しそうに遊ぶ、自身の娘の様子に着想を得たとされる歌です。

全4番からなる歌は、文字にするとわずが300文字程度の短い詞。

それでも春の陽気に包まれながら、雛人形を目にする嬉しさがあふれ出すような温かさを感じます。

しかし、この「うれしいひなまつり」の詞には、2箇所の間違いがあることが指摘されています。

  1. 1箇所目【2番冒頭】
    おだいりさまと おひなさま

  2. 2箇所目【3番末尾】
    あかいお顔の 右大臣

間違いの内容は後述しますが、サトウハチロー自身も発表後に歌詞の内容の間違いに気づき、その誤りを非常に気にしていたそうです。

それはサトウハチローの次男で、サトウハチロー記念館・館長を務める佐藤 四郎氏の話から窺い知ることができます。

四郎さんが大学生のころ、テレビからこの歌が流れるたびにハチローが「おい、四郎、スイッチ切れよ」と言われました。「できることなら、この歌を捨ててしまいたい」とも。

2012年3月2日朝日新聞デジタルより

サトウハチローの思いとは裏腹に、歌は老若男女を問わずどんどん広がり、誤った歌の内容が“ひな祭り・雛飾りの常識”として定着していきました。

数多くの作品を残しながら、最も嫌ったという「うれしいひなまつり」が、サトウハチローの最も有名な代表作の一つとなってしまったのです。

2.ひな祭りの歌の間違い1【おだいりさまと おひなさま】

雛壇の最上段にいる男性がお内裏様、女性がお雛様…そうイメージさせる「おだいりさまと おひなさま」が最初の誤りです。

歌詞に沿って正しく表現するなら、「男雛(おびな)と女雛(めびな)」です。

というのも、「お内裏様」は天皇皇后両陛下を表し、この一言に、男雛、女雛の一対を含まれています。

また、「お雛様」は雛壇の人形全てを指すため、こちらも女雛の意で使うのは誤りです。

歌詞の通り、「お内裏様とお雛様」をあえて描写するなら、【男雛・女雛+男雛・女雛を含む全ての人形】が並んだ状態となり、後に続く歌詞「二人並んで すまし顔」とも大きな矛盾が生じます。

この間違いは、「お内裏様」や「お雛様」の言葉の意味を誤解したことから生まれたのでしょう。

3.ひな祭りの歌の間違い2【あかいお顔の 右大臣】

雛壇の四段目、左右に鎮座するのは、弓矢を持った2人の男性です。 お内裏様の護衛のために、武装しています。

「右大臣」と称される赤い顔の男性は、雛壇の向かって右手にいます。

しかし雛壇の左右は本来、お殿様から見ての立ち位置を表すため、正しくは「左大臣」です。(実は、「左“大臣”」とするのも誤りとされていますが、それは次項で解説します)

当時の日本の身分制度では、左に立つ者の方が序列が上(優れている)とされていました。

そう考えると、雛壇の四段目向かって左手にいる色白の男性(右大臣)の方が若いので、右の赤い顔の年配の男性が左大臣というのも頷けます。

しかし、ここでまた矛盾が生じることにお気づきでしょうか?

(普段、目にするのが「京雛(きょうびな)」なら気づきにくいかもしれません…)

そうです、最上段の最も身分の高いはずの男雛が向かって左側にいることが多いのです。

これは日本の西洋化の歴史と大きく関係があります。

西洋化以前、つまり明治以前は旧来の“左が上位”という習慣に則り、男雛は向かって右側に置かれていました。

しかし明治維新後、急速な西洋化を進めていた日本政府は、身分による立ち位置も欧米に倣い、“右が上位(男性)”と変更されたのです。

そう言えば、教会(チャペル)での挙式では、向かって右側に新郎が立ちますね!

とりわけ大正天皇の結婚の折に、天皇陛下が向かって左側に並ばれたことにより、皇居のある関東で“右が上位”の考え方が広く認知されるようになりました。

そのため、関東で作られる関東雛では向かって左側に男雛、かつての都文化が残る京都で作られる京雛では従前の向かって右側に男雛が置かれる形で定着しています。

話がそれてしまいましたが、ひな祭りの歌における【あかいお顔の 右大臣】という歌詞の間違えは、視点の誤りにより生まれた間違いです。

4.「左“大臣”」が間違いである理由をキングダムを使って解説

前項では、左右の間違いについて指摘しましたが、実は四段目の2人の男性はそもそも大臣ではないとも言われています。

というのも、当時の身分制度(現代日本の政治にも大いに影響を与えています)で、左大臣、右大臣は行政で最上位に属する官職でした。

時代によって、該当者がいないケースもありますが、官職は上から以下の通りです。

官位名(位)役職名読み方
正一位関白かんぱく
従一位太政大臣だじょうだいじん
正二位左大臣

右大臣
さだいじん

うだいじん

これらの役人は、政治の中枢にいて国を左右するほどの力を持っています。

さて、この大臣という役職。 中国では「丞相(じょうしょう)」「相国(しょうこく)」などと言いました。 左大臣=左丞相、右大臣=右丞相です。

人気漫画「キングダム」に代表される、古代中国の歴史が好きなら、ここでピンと来るかもしれません。

そうです、キングダムのメインキャストの一人である嬴政(えいせい。後の秦の始皇帝)の政敵、呂不韋(りょふい)初登場時の役職が右丞相、日本で言う右大臣のポジションです。

なお、中国では右が上位とされていましたが、本件における解説では左右の違いは重要ではないので割愛します。

右大臣である呂不韋の姿を思い出してみましょう。 現右大臣の昌平君(しょうへいくん)、左大臣・昌文君(しょうぶんくん)でも構いません。

↑後方にいるのが呂不韋(手前は嬴政)。その服装は…

一切、弓矢などの武装はしていません。

既述の通り、大臣は政治の中枢を担う要職。 武官ではなく文官、かつ身分もトップクラスの彼らが、弓矢を持って王(天皇陛下、お内裏様)の護衛をするなど、通常はあり得ないのです。

日本でも、左大臣の役職に就いた人物として、以下のような歴史的著名人が並びます。

  • 藤原道長(平安時代の中期の摂関政治で有名)
  • 藤原頼通(平安時代の中期〜後期の摂関政治で有名)
  • 足利義満(室町幕府第三代将軍)
  • 徳川家光(江戸幕府3代将軍)
  • 徳川家斉(江戸幕府11代将軍 )
  • 徳川家慶(江戸幕府12代将軍)

こうして見ると、事実上、政治権力のトップとして教科書に載るような人物が、弓矢を背負ってお内裏様の護衛をするのは不自然というのがわかります。

仮にそれでも大臣だとしたら、序列を考慮すれば雛壇の二段目にいるのが適当です。

では一体、雛壇の“左大臣”、“右大臣”の本当の役職は何でしょうか?

5.正しくは「随臣」

雛壇の四段目にいる2人の男性は、護衛の役割を持つ武官、「随臣(ずいじん。随身)」です。

弓矢や太刀を持って貴族の身辺警護を職務とした、言わば平安時代のボディーガード

左右近衛府(さうこのえふ)に所属していました。

時に、貴族の恋の橋渡しをする役割も担ったと言います。

随臣は下級官人ですが、平安時代の武官が所属した六衛府(えふ)のうち、左右近衛府は最もステータスが高い、花形の役職です。

「あかいお顔の 右大臣」こと、雛壇の向かって右手にいる随臣の身分は「左近衛中将」であり、「中将」という名前からも、武官の中では高い位にいたことがわかります。

6.「随臣」が「大臣」と言われた理由

さて、「あかいお顔の 右大臣」の正体が「随臣」とわかりました。

しかしどうして、「大臣」と呼ばれることになったのでしょうか?

それは、「随臣」が「矢大臣」と呼ばれていたからと考えられています。

弓矢を背負って大臣などの貴族に付き従う様相からそう呼ばれたのかもしれません。

そのうち左の矢大臣が「左大臣」、右の矢大臣が「右大臣」と、本来の身分制度としての大臣とは別の意味を持つ俗称として広まっていたようです。

ちなみに、平安時代の日本は比較的平和でした。

護衛の武官と言えども実際に戦闘となるようなシーンはほぼなく、服装や弓矢の装飾も華美になっていったのです。

さらに雛人形というお祝いの品という意味合いからも、雛壇の随身はとても華やかな装いをしています。

【まとめ】「ひな祭り」歌詞の間違いをキングダムと日本史から考証

  • ひな祭りの歌の歌詞には、2番の冒頭「おだいりさまと おひなさま」と、3番の末尾「あかいお顔の 右大臣」という2箇所の間違いがあります。
  • 「お内裏様」は天皇皇后両陛下を表すため、男雛、女雛の一対を示す言葉です。
  • 「あかいお顔の 右大臣」は、正しくは「左の随臣」身分は「左近衛中将」と考えられます。

日本古来の行事「ひな祭り」に関わる考証を進める中で、春秋戦国時代を舞台にした人気漫画「キングダム」の登場人物からヒントを得られました。

一度は耳にしたことのある、ひな祭りの歌の背景に感じられた壮大な歴史や文化の変遷。

歌詞が間違っていなければ気づかなかったかもしれない思うとまた、不思議な縁を感じます。

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